動物|黒猫とルクレチア・ボルジア

小室圭と婚約した眞子様はニセモノ




画像を分析すると、大正天皇ご夫妻には影武者らしき存在が確認できる。影武者制度は、皇統をまもるため有事の時に備えるための制度だったと思われるが、戦後、代理人である影武者たちの暴走が止まらない。 ①勝手に活動を行いそれを公務として報道している、➁勝手に影武者が婚約会見を行い皇族の配偶者を決めた、③朝鮮系と思われる女工作員が愛子さまになりすまして女性天皇になろうとしている。公開映像、画像などオープンソースを中心に検証しています。


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黒猫とルクレチア・ボルジア

黒猫の需要

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英国のニュースだったと思うのですが、ネコちゃんの保護施設では黒猫の引き取り手があまりないそうです。

飼い主さんはネコちゃんの写真をSNSであげるつもり満々なのですが、黒猫ちゃんは、画像にすると写りがわるいので引き取りを遠慮されるとか。写真や動画映えするキジ虎なんかのシマがはいったネコちゃんから、飼い主さんが決まっていくそうです。

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ルクレチア・ボルジアとドッソ・ドッシ

某霊能者さんによると、黒猫は本来幸運を呼ぶ動物の一つだそうですね。

中世では悪魔の使いとかいわれて厭われていましたが、ルネッサンス期のローマ教皇アレクサンドル6世の娘・ルクレチア・ボルジアが黒猫を好んだそうです。

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この方は、ものすごい強運の持ち主でした。法皇の娘として生まれ、バチカンのファーストレディになり、結婚は3回。

3回目で、中堅どころのフェッラーラ公国の大公妃となります。

公国では孤立気味だたったとはいえ、夫にべたぼれされ、子供にも恵まれ、贅沢な暮らしをし、浮気もし、慈善事業も頑張り、領民にも慕われ、大公妃ライフは充実していたようです。

実家のボルジア家が没落しても、離婚されることもなく、大公妃のまま君臨し、最後は、畳の上で死にました。

黒猫の聖母

ルネッサンス期のフェッラーラ大公に仕えた宮廷画家のドッソ・ドッシが黒猫の聖母、という作品をかいたそうです。

中田耕治氏によると、この作品の聖母のモデルが、ドッソ・ドッシが仕えたフェラーラ大公の夫人だったルクレチアがモデルではないかと、推測されています。

ボルジア家が結構好きなので、「黒猫の聖母」見てみたいのですが、なかなか探せないんですね。

魔女キルケー

管理人個人の想像ですが、このドッソドッシが描いた「魔女キルケー」の主役の女性のモデルは、ドッソ・ドッシが仕えた、ルクレチア・ボルジアだと思ってるんですね。

魔女キルケーは、島にやってくる人間を片っ端から動物に変た魔女とされています。

この絵のキルケーと、記録として残っているルクレチアの風貌の特徴(長い金髪、顔は長め、鼻筋が通り、横顔がキレイ、口は大きめ、)が、適合するんですね。ドッソドッシが、これを描いたとき、たしか、大公妃は33歳くらいだったと思います。年齢もあうなあ、と。

キルケーのそばに控えているワンちゃん。キルケーによって動物に姿になってしまった人でしょうか。自らがつけていた甲冑を眺めているのでしょうか。これ、フェッラーラ大公で、ルクレチアの夫だったアルフォンソ公っぽいなあ、と。

アルフォンソ公は優れた武将で名君でしたが、政略結婚でめとった妻のルクレチアに、べたぼれしてた人でした。

嫁にまるめこまれている大公を示唆しているのかな、、と深読みしてしまいます。

以上です。

 

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