日記|黒備えの武将

小室圭と婚約した眞子様はニセモノ




画像を分析すると、大正天皇ご夫妻には影武者らしき存在が確認できる。影武者制度は、皇統をまもるため有事の時に備えるための制度だったと思われるが、戦後、代理人である影武者たちの暴走が止まらない。 ①勝手に活動を行いそれを公務として報道している、➁勝手に影武者が婚約会見を行い皇族の配偶者を決めた、③朝鮮系と思われる女工作員が愛子さまになりすまして女性天皇になろうとしている。公開映像、画像などオープンソースを中心に検証しています。


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喪の色・白と黒

また、黒い服を、かってしまった。

・全ての色を混ぜると黒になる。

・全ての色の光をあわせると白になる。

どちらも、ずべての民族共通の喪の色だったりするわけです。

喪服が黒に定着したのは、実は最近らしいですね。それまでは、白だったそうです。

そういえば、切腹するとき白づくめでしたね。

結婚式には白無垢だったりしますが、あれは、○○家の娘が消え、××家の嫁という形で再生するから、花嫁は喪服を着るのだろうか。

以前、歌舞伎役者の中村勘三郎さんなくなった時の葬儀に、正妻さんは、白ずくめの喪服で喪主を務めました。

白い喪服は、「貞女二夫に見えず」という意味があるそうです。

 

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「黒はきちんと着ると、一番派手な色なんだって、奥様がいってたよ」

佐藤賢一氏の作品の主人公が黒太子エドワードに言った言葉ですが、黒ずくめの武将さんが、日本史、世界史に、何人がいますね。

黒王太子エドワード

優秀な軍人だった。ほぼ、全勝している。1356年のポワティエの戦いでフランス王を捕虜にして前面勝利をえている。お守りとして大きなルビーをもってたらしいけど、実は赤いスピネルだったらしい。

黒づくめの装束に赤いルビー、

黒王太子と呼ばれたそうな。

妻は、絶世の美女ジョアン。ジョアンは再婚だった。

スタンダール的な情熱をもってたかんじの王太子さまだったけど、疫病にかかり、若くしてになくなった。

王朝は、黒王太子の子リチャード2世がついだ。

 

黒備えのジョバンニ

イタリアルネッサンスの名家、軍事的なスフォルツア家と、文化的政治的なメディチ家から生まれた、イタリアルネサンスのサラブレット。

母は、イタリアきっての美女にしてルネッサンスの女傑、フォルリの伯爵夫人カテリーナ・スフォルツア。

父はメディチ家の傍系の出身だった。

ジョバンニは、幼少時に両親を失い、長じて傭兵隊長になった。甲冑も何もかも黒でかためたので、黒そなえのジョバンニと称されたそうな。

ジョバンニの父はメディチ家の出身だったけど、政治的文化的なメディチ家より、母方の、軍事的なスフォルツアの血が濃かったらしい。

有能な軍人だったけど、若くして戦場でなくなり、のこした遺児が、長じてフィレンツェ大公コシモ1世になる。

で、その家系はフランス王室に嫁した孫姫マリー・ド・メディティスによって、血統が欧州の王室に流れていき、今のイギリス王室にまで続いているそうな。

 

上杉謙信

戦国武将の一人。

霊能者であり、厭世的な性格で、若い盛りの時分に、出家したくて高野山を目指したけど、家臣に泣きつかれて、しぶしぶ家督をついだ。

君主の席にすわったものの、その生活は、僧侶のものであって装束もそれにならってた。

天下に野心はなかったし、一度も他国を攻めたことはない。

ただ、防衛と、領民の保護のためにのみ戦った正義の味方。

軍装も軍隊も黒で統一されて、赤備えの武田軍とは生涯にわたって、何度も戦火を交えてますね。

物語に昇華した、川中島の合戦は、騎馬軍を主体とした中世の戦争としては、最高傑作だと思います。

それ以後は、信長の鉄砲隊が出現し、近代の戦に変わっていきます。

上杉謙信は、霊能者でシャーマンだったので、作戦もみな、お堂にこもり、天からの告示から得ていたらしい。

ライバルの武田信玄も霊能者でしたから、川中島は、霊能者合戦だったといえます。

上杉軍は、神軍のような規律のただしさと強靭な軍隊をもちながらも、最終的には地方の一大名として終わりました。

上杉謙信は、妻帯せず、家督は兄の子に継がせており、上杉家の家系は、江戸期中盤に経済破産の危機を迎えるものの、上杉鷹山が再興し、維新まで続います。

上杉謙信の遺骸は、生前憧憬していた高野山に収まりました。

 

伊達政宗

もっと生まれるのが早ければ、天下を取ったのに、と、自分の若さを悔やんだらしいけど、どうかなあ。

天下統一に野心をもつものの、押し寄せる秀吉の大軍に屈し恭順します。

秀吉の死後は徳川家につき、家を守りぬきました。

江戸時代を通して、島津家や前田家とならぶ、有力な外様大名として生き残ったサバイバー。

黒漆塗りに金と銀の装飾の軍装の華麗さは、天下に聞こえていました。

本妻の子が奥州、側室の子が伊予に、それぞれ大封をえて、明治維新まで続いています。

 

黒備えの武将たち。

共通しているのは、カッコいいんだけど、末代まで威徳が及ぶのだけど、本人は不本意にのまま、早くになくなるか、あるいは、封じられましたね。やっぱり、黒は喪の色なのかな。

以上

 

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