お祭りの日
欧州の祝祭
お祭りの日、というのは、非日常的なことをするのがお約束らしく、今思うと、人権侵害と違う?、という内容のものが多い。
中世のころのドイツの拷問というか、罰ゲームに近いもので、樽の蓋と底を抜いてしまい、横に腕を通す用の穴をあけて、鎧防具のように人に着せるものがあったらしい。
この罰ゲームの被害者は、町一番の口うるさい奥さん、というのが決まりらしく、指名された奥さんは、樽の防具を着せられ、さるぐつわをかまされて、町中の人間から、やいのやいのとからかわれたり、陽気に罵倒されたりしながら、町中を回らなくてはならないらしいらしい。
楽しそうではある。
他にも、欧州の地域では、お祭りの日だけ王様になる「莫迦王」もいて、町で一番権威のない男性が、その日だけは、作り物の王冠をかぶり、皆に「莫迦王」として敬意を払われ、あるいは、嗤われてすごすらしい。
今なら、訴訟とか起こされそう。
これも、ドイツだったとおもうのだけど、祭りの日は、狂人の方を船にのせて周遊させたらしい。
祭りの見世物の一つなのかもしれない。
普段は塀の中で隔離されている方たちと、世間の世界と交差する日、それが祝祭の日だったらしい。
古代のギリシアやローマで、奴隷制度が健在だったころは、特別な日だけ、奴隷を食卓につけ、主人が給仕をした日があったという。
平安の祝祭
日本の平安時代では、宮中の秩序が厳しくて、貴族が宮中にあがるために着用する装束の色が身分によって厳重にきまってましたね。
でも、特別な祭りの日だけは、何色の装束を着て参内してもいい日があった。五節の日だったはず。
さらには、女性は顔を見られてはいけないという時代であるにもかかわらず、このの日は、貴族の令嬢から舞姫に選ばれた少女が、人前で顔を見せて五節の舞を舞うという、普段ではありえないことがおこなわれる日でもありました。
さらに、序列席次に厳格だったのに、この日だけは、どの席に座ってもよく、ようは無礼講だったらしい。
こういう日がないと、どこの民族も、行き詰るんでしょうね。
21世紀の祝祭
大阪の天神祭りも、毎年、7月に入ったら開催されます。
花火が上がったり、神輿がでたりする夏祭りが、各地、地域で開催されるけど、昔のように、日常を遺脱するという感じはなく、現代は、昔からの様式を礼儀正しく、伝統をなぞっているだけなので、ちょっと、退屈な気もしないわけではないんですよね。
といって、スペインのトマト祭りは、後片付けがめんどくさそう。牛追い祭りも、牛さんがかわいそう、ということで、巨大なボールに変わったというけど、でも、相変わらずラテン系さんは、盛り上がっているご様子。
大阪でも岸和田は、岸和田まつりの前後3日くらいは、学校も役所も休むと聞いてる。うちの地区の盆祭りとは、本気度が違う。
日常を愚弄することを、祭りとして昇華するには、気力と体力がいるなあ、とおもいつつ、来年は、夏祭りどうしようかな、と、浴衣をしまいながら考えてみた日でした。
以上