シネマセラピー
ローマの休日
昔の話。
2000年代はmixiが盛んでした。
HNが「心理学ライターなっち」さんいう素敵な女性がおられまして、メルマガの発信や素敵な企画を提供されてました。
その中の一つが「シネマセラピー」
名画を皆さんで見る
その後感想を語り合う
そういう企画でした。
多くの人は自分の問題を他人や作品に投影しながら生きていますから、他人と自分の印象の誤差によって気づきが得られるわけです。
映画鑑賞のあと、素敵ななっちさんの素敵な女性料理研究家のゲストによる「おやつ」の提供もあり、本場のチョコレートをいただきました。ゴディバが一般化するかしないかという時期だったので、スーパーで購入するチョコレートとの違いに感動しました。
ワタシが参加したのは、映画「ローマの休日」
オードリーヘップバーンがブレイクした映画です。

視聴あとの男性の参加者の多くは、「主役の新聞記者のその後の人生」に気付きのスポットがあたっていました。
異国の王女と休日を過ごすという最高の思い出を作ったあとは、消化試合みたいな人生になるのでないか、という人もいました。
ワタシの場合は、「この物語は嘘から始まっている」でしたね。ここが気になりました。
王女も嘘をつく。新聞記者も嘘をつき、そして王女の嘘に付き合っている。
休日は嘘の中で終わり、2人は別々の現実の日常へもどっていく。
子供のころ、ぼんやりと見た時は、オードリーが素敵、ローマも素敵、映画も素敵、ハリウッドの文化を受信機のように受信してるだけでした。
しかし、人生で経験を積んだ後に同じ映画をみると、フィルターが濃くなり、気になる部分や感想が違ってるんですね。
その誤差が自分が経験から学んだ人生だとおもう。
そして、初めて見たときと印象が違う映画が、バック・トゥ・ザフィーチャー。
10代のころに見たときと、中年以後では全く違うんですよね。
※続きます